はじめに
生産年齢人口の減少が大きな地域課題となっている酒田市。2021年に人口10万人を切り、特に若年層の女性の流出が目立っています。その理由に、地方都市特有の課題の一つとして「仕事の選択肢が少ないこと」が挙げられます。
この地に住み続けながら「やりがい」を持って働ける機会があったなら、時間や場所にとらわれず、自分のライフスタイルに合った働き方が実現できたなら、それがこの地の人材不足の解消や市内事業者の生産性向上に結びついたなら。そんな想いを形にするために、酒田市では、2018年に発足した酒田市産業振興まちづくりセンターサンロクの取り組みとして「サンロクIT女子育成プロジェクト」に着手します。
酒田市の想いに共感したアデコ(株)は、「教育支援プログラム」を提供し、サンロクIT女子の育成を一緒に進めています。また、育成だけでなく実際の仕事も提供し、「稼ぐ」ことが可能になっているところがこのプロジェクトの特徴です。
酒田市発「サンロクIT女子」で “日本一女性が働きやすいまち”を目指す
インタビュー:酒田市 市長 矢口明子さん
日本一を目指す宣言の背景には
女性が活躍できる職場環境を整えることを推進していくための法律「女性活躍推進法」が2015年に成立しました。その翌年、酒田市副市長に矢口さん(現市長)が就任し、女性活躍推進事業に着手します。2017年、「日本一女性が働きやすいまち」を目指す宣言を行い、女性の活躍をオール酒田で目指していくことを示しました。2023年には市長に就任し、市内では女性の活躍を期待する機運がますます高まっています。
「日本一女性が働きやすいまち」を目指す宣言をした背景の一つには、『女性が仕事を求め都会へと流出してしまう課題の解決策として、地方都市でも仕事や働き方の選択肢が広がれば、流出を抑制できるのでは』という想いがあったといいます。
“酒田で働き、酒田で暮らす”を現実的に
『女性は、ライフイベントにより仕事の種類が限られることが多々あり、その選択肢の少なさが女性の市外流出に拍車をかけている』と考えた矢口さんは、酒田に暮らしながら収入を得る方法を模索します。その結果、行き着いたのが「テレワーク」です。『ITスキルを身につけた女性なら、都会へ流出することなく酒田で暮らせる』と仮説を立て、サンロクIT女子育成プロジェクト(以下「プロジェクト」という。)を開始します。5年目の現在は、酒田に暮らしながら都会の仕事をオンラインで遂行する働き方を、サンロクIT女子(以下、「IT女子」という。)が実践しています。奇しくもコロナ禍でオンラインでの仕事が推奨されるようになり、ITを活用することで場所にとらわれずに仕事ができるということが立証され、プロジェクトの大きな推進力となりました。
さらに矢口市長は、『IT女子のような働き方が定着することで、市外への流出を抑えるだけでなく、むしろ市内への流入を促す可能性がある』という仮説を立てます。『仕事の選択肢が増えることで、魅力的なまちとして酒田が注目され、この地で生きることを望む人が増える』と考えたのです。「酒田で働き、酒田で暮らす」ことが現実的な選択肢となるよう、更なる模索を続けています。
みんなが輝くまちに
『酒田に住まう全ての市民が、それぞれの場所で生きがいを見つけ、個性を活かして活躍できる街にしたい』と矢口市長はいいます。『人口が多い都会とは違い、酒田市の人口規模では一人ひとりの役割が大きく、活躍の場が多くあるのでは』と考えています。必要とされること、感謝されること、ありがとうという言葉を交わせること。人が暮らしていく上で、これら一つひとつが実はとても大きな意味を持っています。
『自分の持っている優しさを出し合えるような、そんな社会になったらいいなとずっと思っています。』と述べる矢口市長の言葉は、酒田市が多様性を尊重し、個々の幸せな生き方を支援する姿勢を示していました。
『人口10万人を切った今だからこそ実現可能なまちづくりを、酒田で叶えたい。』そう話す矢口市長の目には、優しさの中に強い光と意志が宿っています。そして、今日も奔走して市民の幸せを追求しています。
サンロクセンター長が目指す「サンロクIT女子の未来」
インタビュー:酒田市 副市長 安川智之さん
圧倒的当事者意識を持ったサポート
2018年4月に「酒田市産業振興まちづくりセンターサンロク」を立ち上げた安川さん(現副市長)。これまで市役所内の支援担当部署で、企業や経営者の方の相談に応じることは一定程度行っていましたが、より身近に、より親身にサポートをする必要性を感じ、サンロクの立ち上げに至りました。
『経営者の立場に想いを馳せ、まず目の前の相手の状況を知ること。そこから全てが始まる』と考え、「圧倒的当事者意識を持って相手の立場に立ち、一緒に事業を進める」ことをモットーに、センター長としてサンロクを運営していきます。
企業へのサポートは、当初「個社支援」からスタートしました。運営を進めていく中で、企業は共通の課題を抱えていることに気づきます。そこで、悩みを抱える経営者同士が課題を共有し合い、解決方法を模索していく「コミュニティ支援」に切り替えていきます。課題は企業の大小に関わらず必ず存在します。
『経営者は孤独な思いを抱える方が多いです。孤立を防ぐために、地域でのリアルなコミュニティ形成を大切にしています。一人では解決できないことも、誰かと一緒になら解決できる可能性がある。コミュニティ支援によって事業者の輪が広がり、さらに酒田が発展していく』と安川さんは考えています。
IT女子が稼ぐ
企業への支援に取り組む一方で、安川さんは、センター長としてサンロクIT女子育成プロジェクト(以下「プロジェクト」という。)に取り組んでいきます。
『現在目指していることの一つ目は、ビジネスモデルの確立です。プロジェクトの一番の目的は、IT女子が仕事として「稼ぐ」ことにあります。それぞれのIT女子には「稼ぎたい金額」があり、それを達成するためには仕事の絶対量が必要であることから、仕事量が多い首都圏からの受注獲得を目指しています。このプロジェクトの取り組みに共感していただき、ビジネスパートナーとしての関係性を築いていける企業の発掘が鍵である』と考え、日々首都圏へのアプローチを行っています。
二つ目は、『IT女子として蓄積した力を、市内事業者に活かすことです。サンロクで経営者のサポートをしていく中で必要だと感じたのは、その企業の課題を見つける力、いわゆる「課題設定力」でした。その部分をIT女子が担えたら』といいます。市内事業者の歩調に合わせて、小さなことから一緒に解決していく、市内に住むIT女子だからこそ可能な「寄り添い型のコンサルタント」のような役割を想定しています。
夢は大きく全国進出!
『また、このプロジェクトは移住を考える女性にも響く』と考えています。コロナ禍によりテレワークが浸透した今、IT女子のような働き方ができる酒田市は、住む場所を決める上での選択肢となり得るからです。仕事や働き方の選択肢を広げることで、酒田市が選ばれるまちとなれば、人口の流入が生まれ、やがて市内事業者への人材供給や生産性向上へと結びつくという、地域創生のビジネスモデルの一つになるかもしれません。
『このプロジェクトを軌道に乗せ、全国からの業務受注と、IT女子の上場が夢です。』と話す安川さん。今後もIT女子から目が離せません。
おわりに
地方都市特有の「仕事の選択肢が少ない」ことは、人口減少の問題とも結びつきが深く、多くの自治体で大きな課題となっています。かつての港町酒田のにぎわいを取り戻し、いきいきと働くことができるまちを目指すために、市ではサンロクIT女子育成プロジェクトを始め、さまざまな施策に取り組んでいます。「働きたい」が叶うまち、豊かに安心して暮らせるまちに向けて、行政運営を進めていきます。
酒田市産業振興まちづくりセンターサンロク
さまざまな課題をかかえる市内事業者に、ワンストップで支援をすることを目的に設立した任意団体で、「つなぐ」をテーマに360度全方位で支援を行うことが特徴です。併設のコワーキングスペースでは多様な属性の利用者が集い、いつも新しい“何か”が生まれています。
山形県酒田市中町二丁目5番10号 酒田産業会館1階
営業時間:9:00〜21:00
休業日:祝日・振替休日・年末年始
URL:https://sanroku.jp/